忙しい朝でもニュースがわかる「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)8時からは、話題のアンテナ「日本全国8時です」。全国ネットで、日替わりゲストとともに放送。毎週木曜日は、東京大学名誉教授、月尾嘉男さんの「雑学コラム」!

解説は東大名誉教授の月尾嘉男
12月14日(木)は「世界の首都戦略」
★首都の決め方
アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認め、アメリカ大使館を現在のテルアビブからエルサレムへ移すという決定をし、世界を巻き込む騒動となっています。そこで今日は首都の場所はどのように決められてきたかを、私が訪問したことのある3つの例でご紹介し、最近では下火になっていますが、日本の首都機能移転問題についても考えてみたいと思います。まずはアメリカの話です。アメリカの独立記念日は7月4日ですが、これは1776年7月4日にイギリスの13の植民地が独立宣言をした日です。
その後、イギリスと戦争になり、1783年のパリ協定によってイギリスが独立を承認し、本格的に独立しました。当面の首都はニューヨーク、しばらくしてフィラデルフィアに置かれますが、各州から独立した場所に首都を置くことになり、1801年に「コロンビア特別区基本法」が成立し、北部と南部の境界に位置するポトマック河畔に1辺10マイル(16キロメートル)の菱形の土地が首都となりました。ほぼ当時のアメリカ国土の中央に位置しています。
★ディストリクト・オブ・コロンビア
正式名称はワシントンでは無く、「ディストリクト・オブ・コロンビア(DC)(コロンビア地区)」です。コロンビアというのはコロンブスに因んだ表現で、日本のことを大和と言うように、アメリカを美化した表現です。各州から独立した地域であったため、大統領を選ぶ「選挙人を選ぶ権利」がなかったのですが、1961年になって3名の選挙人を選ぶ権利が与えらました。しかし、現状では上院議員も下院議員もいません。68万人が生活し、バーモント州(62万人)、ワイオミング州(56万人)よりも多く、連邦税も納めているのに不平等ということで、何度か議員を割り当てる法案が提出されていますが、成立していません。
アメリカの首都の歴史からの教訓は、首都は国土の中心に近い位置に、各地域から独立した場所を選定し、しかも政治と経済が分離している場所という特徴もあります。ワシントンDCの経済活動(GDP)は現在でも全米で36位、ニューヨーク州(3位)の12分の1、フィラデルフィアのあるペンシルバニア州(6位)の6分の1です。
★ブラジリア
世界の首都戦略、第二の例はブラジルの首都ブラジリアです。ブラジルは日本の23倍もある広大な面積を持つ国ですが、面積の2割弱しかない南部や南東部の大西洋岸にリオデジャネイロやサンパウロなどの巨大都市が集中して人口の6割近くが生活している不均衡が問題となっていました。
すでに19世紀から内陸部への遷都が話題になっていましたが、1956年に当選したクビチェク大統領が大西洋岸から1000kmほど内陸にある標高1100mの高原地帯に新しい首都を作ると発表し、自分の任期である5年以内に実現するということで、わずか3年半で建設してしまいました。
大統領に出馬した時のスローガンが「50年の進歩を5年で」でしたから、有言実行でした。現在、東京に建設中の新国立競技場だけでも3年以上かかるということと比較すると驚くべき突貫工事でした。
全体の計画はブラジル人の建築家ルシオ・コスタ、主要な建物はやはりブラジル人建築家オスカー・ニーマイヤーが設計し、近代建築の見本市のような都市で、1987年にはユネスコの世界文化遺産に登録されています。しかし、膨大な建設費のために凄まじいインフレになり、大統領は再選されずに亡命、建築家のニーマイヤーも亡命ということになりました。
東京都の3倍近い面積の土地にバスしか公共交通はないので、見て回るのは大変でした。参考になるのは新しい地域開発の拠点として首都を作るということです。実際、ブラジリアの人口は250万人で、ブラジルの都市の4位になっており、人口だけでみれば中西部の開発に貢献していることになります。
★アブジャ(ナイジェリア)
第三の例はナイジェリアの首都アブジャです。アフリカの大西洋岸に面するナイジェリアは人口1億9000万人で、これまでの首都ラゴスに1000万人にもなる人々が生活しています。ここは250以上の部族が生活する多民族国家で、主要な民族は内陸に生活するハウサ人とフラニ人が29%、南西部に生活するヨルバ人が21%、南東部に生活するイボ人が18%です。
ところが首都のラゴスはヨルバ人の地域にあるということで他の民族から不満があり、1976年に国土の中央部で主要3民族の勢力の中間地点にあるアブジャに移転することになりました。その全体計画を私の恩師の丹下健三先生が引き受けられたため、新都市の道路計画と景観計画をコンピュータで作成するお手伝いを命ぜられました。ところが現地の写真を見ると密林に仮設の小屋が立っている状態で、現地からの情報によると、朝起きて靴を履くときはよく振ってサソリを追い出せ、外出するときは30から40種類の血清の入った箱を持ち歩き、毒蛇に噛まれたら、必ずそのヘビを捕まえて、現地の人にどの血清が有効かを教えてもらって、直ちに注射すれば後遺症は残るかもしれないが命は助かるという話でした。
これは勘弁してほしいと、政府高官とパリで打ち合わせをすることにし、何とか現地に行くことは免れたという思い出があります。1991年に完成しましたが、新首都の人口は140万人程度で、まさに政治都市という状態です。
★東京
最後は日本の話です。お話した3例を見ると、首都は国土の地理的中心や各種勢力のバランスの取れる位置に建設されてきたことがわかりますし、多くの都市は司法・立法・行政の中心ではあるけれども、経済機能とは重複しない政経分離が大半です。それからすると東京は三権の機能が集中しているだけではなく、人口の10%、経済の20%が集中している過度の集中地域です。
これまで何度も首都機能移転が議論され、1999年には「栃木・福島」「岐阜・愛知」「三重・畿央」の3地域が候補地となったこともありましたが、ほぼ立ち消えになり、国土交通省の首都機能移転企画課も廃止されています。
地方分権や地方創生が議論になっており、また巨大地震の襲来も予測される現在、日本の首都の位置だけではなく機能についても、どのようにして行くかを議論する必要があると思います。