先月、アスベスト=いわゆる石綿が原因とされる肺がんで死亡した長野市の男性の遺族が、国に損害賠償を求めて提訴したというニュースがありました。アスベスト被害をめぐっては、2014年に最高裁判所が国の責任を認める判決を出しましたが、現在でも、多くの方が苦しんでいます。また試算では、2040年に10万人の死者が出るという推計もあります。製造、使用はすでに禁止されましたが、発症するまでには数十年の潜伏期間があるため、「静かな時限爆弾」と言われたりします。そこで、アスベストによる健康被害について、5月14 日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で解説しました。
★アスベストとは?
まず、アスベストとは、石綿とも呼ばれている天然の綿のように柔らかいもので、天然の資源から得られる鉱物質の繊維の一種です。それが一本では肉眼で見ることができないほどとても細い繊維からなっているため、空気中に浮遊しやすく、吸入されてヒトの肺にたまって付着しやすいという特徴があります。吸い込んだアスベストの一部は異物として痰の中に混ざり体の外へ排出されます。しかし、アスベストの繊維は丈夫で、変化しにくい性質のため、吸い込んで肺の中に入ると組織に刺さり、15年か40年の潜伏期間を経て、病気を引き起こすことがあります。
★アスベストが引き起こす三大疾患
肺がん、中皮腫、アスベスト肺です。
★アスベストによる肺がん
呼吸と共に肺に入ったアスベストがどのように肺がんを作り出すかについては、まだ十分には解明されていません。ただ、現時点では、肺に入ったアスベストが常に肺の細胞を刺激し続けるために肺がんが発生すると考えられています。アスベストを吸い込んだ量は、人によってさまざまですが、肺がん発症リスクでは吸い込んだ量が多い人ほど、リスクが高いことがわかっています。アスベストにさらされてから肺がん発症までに15~40年の潜伏期間があります。また、喫煙の有無も発症に関係しています。アスベストを吸入し、さらに喫煙者であれば、リスクは極めて高くなります。
★喫煙者のリスクはどれくらい上がる?
アスベストとタバコの相乗効果について調べた書籍「ここが危ない!アスベスト」によると「喫煙をせず、アスベストの吸入もない人」を「1」とすると、「喫煙者ではあるがアスベストの吸入のない人」は、肺がんリスクが「10・8倍」。「喫煙はしないがアスベストを吸う工場にいたためアスベストの吸入のある人」は「5・2倍」。「喫煙者であり、さらにアスベストの吸入のある人」は、リスクはなんと「53・2倍」にもはね上がってしまう、ということなんです。
★中皮腫とは?
中皮腫とは、肺を覆っている膜=胸膜などの表面付近に腫瘍ができて、それが肺などを取り囲んで圧迫し、呼吸困難などの症状を起こす一種のがん。以前は、中皮腫には悪性と良性があると説明されてきました。しかし現在は、中皮腫といえば悪性の腫瘍を意味し、悪性中皮腫のみということになります。発生する場所によって、胸膜中皮腫、心膜中皮腫、腹膜中皮腫などがあります。例えば、胸膜中皮腫の場合、発症すると、もともとセロファンのように薄い膜の胸膜があっという聞に厚くなり、肺を圧迫します。圧迫し始めると「胸の痛み」「息切れ」「発熱」などの症状がでて、呼吸が苦しくなります。そして、最後には死に至ってしまいます。中皮腫は、若い時にアスベストを吸い込んだ人ほどリスクが高いことがわかっています。潜伏期間は20~50年といわれています。
★アスベスト肺とは?
アスベスト肺とは「肺線維症」のひとつです。「肺線維症」とは、肺に線維組織が異常に増えてしまって、肺の伸び縮みが難しくなってしまう病気です。線維化の原因がアスベストによるものなので、特にアスベスト肺と呼んでいます。アスベストを10年以上吸い込んだ人に起こるといわれています。潜伏期聞は肺がんや胸膜中皮腫などより短く、10年から20年といわれています。
★それぞれの治療法は?
アスベストによる肺がんの治療は、外科療法、放射線療法、薬物療法、などがあります。ほかのがんと同様に、病気が進行していると治療は難しくなりますが、早期に発見され、根治的な手術療法と化学療法の組み合わせ等により治ります。 中皮腫はほかの悪性腫瘍に比べて、いまだ予後の悪い疾患ですが、最も頻度の高い上皮型に限ってみれば、外科療法、抗がん剤療法、放射線療法を加えた集学的療法により、以前よりははるかに予後が良くなっています。それでもアスベスト肺ですが、咳、痰に対する鎮咳剤や去痰剤による薬物療法、慢性呼吸不全に対する在宅酸素療法などの対症療法により対応しています。
★アスベストを吸い込んだかどうか、わかるのか?
アスベスト工場などで働いていた人や、工場の周辺に住んでいた住民の方などに健康被害がある可能性があるほか、アスベストが使われた公営住宅に住んでいた人はアスベストを吸い込んだ可能性が高いので注意が必要です。その他胸部X線写真でアスベストを吸い込んでいた可能性を示唆する所見が見られる場合もありますが、アスベストを吸い込んだ人全てに胸部X線写真の所見があるとは限りません。
ただ、アスベストを吸い込んだ可能性が少しでもあり、次のような症状が出た時は注意が必要です。息切れがひどくなった場合、せきやたんが以前に比べて増えた場合やたんの色が変わった。たんに血液が混ざった場合、胸の痛みや圧迫感、呼吸困難、あとは寝床に横になると息が苦しい場合などです。 早期発見が重要になってきますので、心当たりのある方は、まず、保健所、各都道府県産業保健推進センターまたは労災病院まで相談して頂くことをおすすめします。
また、いまは健康に支障がない場合でも、 潜伏期間が40年と長い場合があるので、1年に1回は胸部レントゲン撮影等による健康診断を受診されることをお勧めします。アスベスト被害者やその家族でつくる「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」などでも相談を受け付けているので、一度相談されてみるのもいいかもしれません。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫