がんの治療というと、手術や抗がん剤、放射線治療というのが頭に浮かぶ方も多いのでは。しかし今、重要視されているのが整形外科医が携わって治療する「がんロコモ」治療です。この治療によって間違ったがん治療をされていた患者さんが救われたケースもあり、成果が広がっています。
そこで、12月17日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で、「がんロコモ」について、金沢大学病院整形外科教授・土屋弘行さんに取材し、報告しました。
★まず「ロコモ」とは?
ロコモは正式には「ロコモティブシンドローム」といって、2007年に日本整形外科学会が提唱しました。ロコモとは「運動器=骨や関節などの障害で移動機能が低下した状態」のことをいいます。ロコモになると、要支援や要介護となるリスクを高め、寿命を縮めることがわかっています。
当初は、ロコモを放置していると、徐々に自立した生活が困難になるので、早期の対策をしてください、ということが主体で、高齢者に重きが置かれていたという側面がありました。しかし、ここ数年で若い世代から骨や関節などの運動器の健康を維持することがロコモの予防に有用であるということがわかってきました。こうしたこともあり、最近では若年層への対策も必要だという認識が広がってきています。
そうした中で、今年になって動き始めたのが「がんロコモ」の治療です。
★がんとロコモの密接な関係
「運動器などの障害で移動機能が低下した状態」のロコモとがん、あまり関連がないように思われる方も多いかもしれません。ただ、実はかなり関わりがあるんです。
がんの多くは進行すると骨へ転移します。転移の多いがんというと、乳がん、前立腺がん、この2つは特に多くて65%〜75%。そのほか、甲状腺がん、膀胱がん、肺がん、悪性黒色腫、腎がんなどです。骨に転移すると、症状としては、痛み、骨折、麻痺、しびれなどが起こり、それに伴って、立つ・歩く・走る・座るといった動きが難しくなります。
つまり移動能力を低下させる、ということになり、これはロコモと同じ状態なのです。こうしたがんの影響で移動能力が低下することを「がんロコモ」といいます。また、がんの治療そのものも、筋力低下、骨粗しょう症、抗がん剤による末梢神経障害などから移動能力の低下を招き、がんロコモを引き起こすのです。
★がんロコモ治療の必要性
これまでは、がんとロコモはあまり関わりがあるという風に考えられてこなかったため十分に対策が取られてきませんでした。というのも、こうした骨への転移をするがんというのは、ステージ0からステージ4まで5段階あるうちのステージ4にあたります。
そのため、「末期がんなのだから」という意識が先行して、多少の治療は行われても、整形外科医が関わって積極的な治療を行う、ということには一般的になっていませんでした。そのため、整形外科も医師も、がんの診療にあまり積極的に関わってこなかった、ということも言われています。
ただ、がんの治療適応は動けるレベルで決まります。ですので、がんであっても動けることが重要となります。運動器の専門家である整形外科医が関わって、手術やリハビリテーションなどを行い、痛みの軽減や機能回復を行う必要があります。
★がんロコモ治療で救われた!
さらにほかにも整形外科医が重要な役割を果たす場面があります。それは、「がんの痛み」とされているものの中に、実はそうでないものもあり、それを見抜く、という役割です。
がんの患者さんは中高齢者が多いため、がん以外にも頚椎症、骨粗しょう症などの運動器疾患を持っていることがあります。このため、本当は運動器の疾患なのに、がんが転移したのではないかと
疑われてしまう例があるんです。実際にそうした例を紹介します。
★がんの痛みではなかった男性
82歳の肺がんの男性は、PET/CT検査という画像検査で骨への転移が認められたことからステージ4と診断されました。年齢とステージから積極的治療はしないとされ、骨への転移の症状を抑えるため整形外科を紹介されました。ところが画像検査を行うと骨への転移ではなく変形性頚椎症だったことがわかったのです。
男性が受けたPET/CT検査は炎症が起こっている部位に反応するため、骨転移と頚椎症の区別ができなかったのです。これは整形外科医でないと見分けづらいということがあるのです。この患者さんは、診断がステージ4からステージ2に変わり、治療再検討となりました。
★放射線治療から解放された女性
82歳の乳がんの女性は、右のももの部分に痛みがありました。がんの痛みとして医療用の麻薬のオピオイドという薬を投与していたんですが、良くならず、放射線治療も導入することになりました。放射線治療に入る前に整形外科で調べたところ、痛みの原因は腰の脊柱管狭窄症による神経症状と判ったんです。右のふとももの痛みの原因となっている神経の根に対してブロック注射をしたら痛みは改善し、オピオイドは減量。放射線治療も受けずによくなったそうなんです。このように整形外科が早期に関わると、正しい診断、治療に結びつくこともあるのです。
★チーム医療という考え方
最近では診療科の垣根を越えて、骨の転移に関係する医療スタッフが一緒になって患者さんの治療方針について話し合う「キャンサーボード」という取り組みが行われ始めた。
がんロコモの認知度はまだ十分ではない。主治医が消極的かも、と感じたら、がん相談支援室に相談してみてもいいかもしれません。早く整形外科が関わることで、寝たきりなどロコモの進行が抑えられ、ステージ4でも苦しまない介護のない生活を送ることが可能なのです。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫