iPS細胞を使った臨床研究が活発に行われています。ここ最近でいうと、パーキンソン病、脊髄損傷などで、臨床研究などが始まっていますが、このなかでよく耳にするのが、iPS細胞を使った「角膜移植」の臨床研究です。
ただ、iPS細胞を使った「角膜移植」、どんな目の疾患に適応されるのか、 報じているところは少ない印象があります。そこで、3月18日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で、iPS細胞を使った「角膜移植」の最新情報と、 どんな病気に有効なのか、解説しました。
★iPS細胞とは?
iPS細胞は、細胞を培養して人工的に作られた多能性の細胞で、万能細胞とも呼ばれます。2006年に京都大学の山中伸弥教授らが世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。iPS細胞は、無限に増殖し、人間の身体を構成するさまざまな細胞に分けることができることから、再生医療や薬を作る研究などに非常に有用な細胞です。
★iPS細胞を使った臨床試験の動き
そして今月5日、iPS細胞から角膜の細胞を作って「目の病気」の患者に移植するという大阪大学の臨床研究計画が条件つきで了承されました。ことし前半にも1例目の移植が実施される予定です。
★臨床研究計画とは?
具体的には、今回対象となる目の病気は「角膜上皮幹細胞疲弊症」という病気です。この病気は、角膜を新たにつくる「幹細胞」がケガなどで失われ、視力が落ちて、失明することもある病気です。その「角膜上皮幹細胞疲弊症」の患者さん4人に対してiPS細胞を使って治すという臨床研究。
どのように治していくか、ということですが、第三者のiPS細胞を角膜の細胞に変化させ、厚さおよそ0・05ミリのシート状にして、患者さんの目に移植する、というものです。300万~400万個の細胞を移植することになるということです。移植した細胞によって、長期的に角膜の細胞が作り続けられるようになって、角膜の透明性が保たれ、結果的に視力の回復が期待されるということです。
実用化の時期について大阪大学のチームは「最短で5年から6年くらい」と話しています。また治療費については、「400万円くらいで、技術革新でもっとコストダウンできる」ということ。そして保険適用の道も見えているので、自己負担は定額に抑えられる見通しです。
★なぜiPS細胞を使うのか?
この「角膜上皮幹細胞疲弊症」という病気に対しては、第三者の角膜を移植する治療法=角膜移植があります。ただ、角膜移植には、ドナーが必要で、慢性的にドナーの数が不足しているのが現状です。そうした状況から、このiPS細胞を使った治療がうまくいけば、将来的に、角膜移植を補う治療法になる可能性もあるのです。
ただ、「角膜上皮幹細胞疲弊症」だけではなく、角膜移植が必要な病気は、ほかにもたくさんある。そうした角膜移植が必要な病気にもこのiPS細胞を使った治療法が適用になると思われます
★角膜移植が必要な病気は?
角膜移植が必要な病気ですが、角膜移植で頻度の高い病気は、「円錐角膜」、「角膜白斑」「水疱性角膜症」など多くの目の病気があります。患者さんの数は、それぞれの病気ともに、多いものではありませんが、全体を合わせると、角膜移植を必要とされている患者さんは多くいらっしゃいます。
まず「円錐角膜」ですが、思春期に発症する病気で、角膜の中央部が徐々に薄くなって、眼圧で前に突き出してくる原因不明の病気です。悪性の病気ではありません。軽度、中等度ではハードコンタクトなどで矯正可能です。ただし、それが進行すると、良好な視力が得られなくなり、角膜移植が必要になります。
「角膜白斑」は、高齢者が角膜移植を受ける原因として多い病気です。感染性の角膜の炎症や、外傷などにより角膜の表面に傷が残った状態で、本来透明であった角膜が傷跡によって濁ってしまいます。目の瞳孔の上に濁りが生じると、曇りガラス越しのような視界になり、視力の低下を感じるようになりますので、こちらも角膜移植が必要になります。
「水疱性角膜症」も角膜が濁る病気です。角膜内の水分は角膜内皮細胞が調節しています。それが、何らかの原因で調整機能が低下し、水分の排出が上手くいかなくなり、角膜に水分が溜まってむくんでしまう病気です。遺伝によるケースが多いのですが、白内障の手術の痕に生じるケースもあります。治療法としては、角膜移植が唯一の治療法です。
★角膜移植の現状
その角膜移植ですが、日本全国にアイバンクは54あります。眼球を提供してくれるドナーの登録を行っています。2017年は、献眼者869人、移植眼数は1395、待機患者数は1624人です。しかし、移植を必要とする人は年間2万人と推測されているのが現状です。失明する人を1人でも減らすためには、現状の角膜移植では足りません。
このような角膜移植が必要な病気は、ほかにもいくつかありますが、こうした病気の治療に、今回のiPS細胞を使った治療が適用される可能性が見えてきました。
さらに、大阪大学のチームは、眼球全体のもとになる特殊な構造を作ることに成功しています。将来的には組織単位ではなく、眼球全体を作製し移植することが可能になるかもしれません。研究チームはiPS細胞による再生医療で視力を回復できるような『失明ゼロ』の世界の実現が理想だ」と話しています。
★課題は?
課題としては、安全性や有効性の検証です。iPS細胞を用いた再生医療における安全性の課題として、がん=腫瘍が形成されるのではないかという懸念があります。この安全性をクリアした上で、どれくらいの有効性が確認できるのか。今後に期待したいと思います。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫