Quantcast
Channel: 放送後記 – TBSラジオ FM90.5 + AM954~何かが始まる音がする~
Viewing all articles
Browse latest Browse all 5425

2016年6月27日(月) 第14回放送『小江戸とちぎ』

$
0
0
“蔵の街”栃木市内を流れる巴波川。江戸時代の舟運の面影を伝える遊覧船が浮かぶ

“蔵の街”栃木市内を流れる巴波川。江戸時代の舟運の面影を伝える遊覧船が浮かぶ

 栃木市は“蔵の街”と言われるほど古い蔵が点在し、江戸から明治にかけての懐かしい風情が残り“小江戸とちぎ”とも呼ばれる。町中を流れる巴波川(うずまがわ)には遊覧船が浮かび、7月1日からは行灯を灯す「うずま川行灯まつり」も開催される。

女性船頭の大川和子さんが竿さばきもあざやかに、船頭唄を聞かせてくれる

女性船頭の大川和子さんが竿さばきもあざやかに、船頭唄を聞かせてくれる

 栃木市へは都心から東武鉄道やJRで手軽に行かれるので、これからの季節は空模様を見ながら日帰りで小江戸散策を楽しみたい。
 まずは東武鉄道及びJR両毛線が隣り合う栃木駅を背にして巴波川へ足を向けてみよう。
歩いて約15分、駅前のレンタサイクルを利用すれば7、8分で巴波川橋のたもとに着く。
 ここには、かつて江戸と栃木の町を結んだ舟運の姿を復元しようと、NPO法人の蔵の街遊覧船が底の平たい川船を3艘運行させ、現役の11名の船頭さんが交代で棹を巧みに操りながら蔵の街を案内し、昔唄われた船頭唄を披露してくれる。
 コースは往復で600m、約20分の遊覧だが、日除けの編笠をかぶり、川風に吹かれながら船頭唄に耳を傾ければ江戸情緒が満喫できる。

「うずま川行灯まつり」が7月1日から8月31日まで開催され、行灯の灯りが川面に映える

「うずま川行灯まつり」が7月1日から8月31日まで開催され、行灯の灯りが川面に映える

「船が出るぞー」、「おうー」という威勢のいい掛け声と共に岸を離れた船はまず、右手に長さ120mという見事な黒板塀とその中に続く白壁土蔵群が目を引く江戸期の木材回漕問屋塚田家、現在の塚田歴史伝説館を見ながらゆっくりと上流に向かい、幸来橋(こうらいばし)の手前でUターンする。江戸時代の舟運ではこの塚田家のように栃木周辺から切り出した木材を筏に組み、江戸に送ったり、北関東一円で獲れる米や麦といった穀類や味噌などを舟に積んで運び、帰路は江戸から衣類や布などを持ち帰ったという。当時は巴波川から利根川、江戸川を経て3日かけて江戸の日本橋まで運んだと言う。今回案内してくれた大川和子さんは唯一の女性ながら棹さばきも上手に名調子で話す。
舟は下って船着場そばの巴波川橋をくぐり、うずま公園の先で再びUターンして戻るが、その途中で船頭唄が披露された。川面に唄声が流れ、江戸情緒が味わえる。
この川の両岸約800mにわたって108基の行灯がともされるのが「うずま川行灯まつり」。今年で3回目を迎え、7月1日から8月31日までの毎日、夕方5時から夜の11時まで点灯され、行灯に描かれた栃木市出身の切りえ画家川島雅舟氏の山車などの切り絵が浮かび上がる。この他、7月17、23日にはお囃子舟が運行され、かつての風情を演出する。

蔵の街大通り沿いにはかつての見世蔵などが立ち並ぶ

蔵の街大通り沿いにはかつての見世蔵などが立ち並ぶ

 栃木のまちはこの舟運による物資輸送の商都のほか、家康の死後、朝廷が日光東照宮へ使者である例幣使を遣わせ、その例幣使が通った街道、例幣使街道がまちの中央に延びており、そうした一行の通行や諸大名の参拝などによる宿場町としても大いににぎわった。その繁栄を今に伝えているのが市内に残る約450軒とも言われる蔵で、かつての例幣使街道をおおむねなぞるように延びる蔵の街大通り沿いには蔵の中にお店を構えていた見世蔵や白壁土蔵などが並ぶ。その中には美術館や栃木市観光協会の案内所、お土産屋さんなど今の時代に合わせて活用されている蔵もある。

約200年前から宿屋を営む、かな半では江戸時代から伝わる料理本を基に“とちぎ江戸料理”を再現している

約200年前から宿屋を営む、かな半では江戸時代から伝わる料理本を基に“とちぎ江戸料理”を再現している

 この通りに面して立つかな半旅館は今から約200年前の安永年間に創業の老舗だが、4月から小江戸とちぎにちなんで江戸時代に作られた“とちぎ江戸料理”を他の3軒のお店と共に始めた。
かな半ではこの宿に残る料理メニューを参考にして、大根、人参に長芋を加えた膾(なます)、ネズミザメをから揚げしたモロ料理、クチナシで黄色に染めた染飯(そめい)、これに鶏肉に味噌を練り込み野菜と合わせてじっくり煮込んだ味噌汁仕立ての濃奬(こくしょう)、さらにデザートに小麦粉に水を加えて伸ばして焼き、これに元々は西京味噌の味噌餡をくるんでいたが、ここでは現代風にカッシュナッツを使ったふのやきなど9品をそろえ、4人以上の予約で、一人1620円でだしている。まだ、醤油の無い時代のメニューだけに淡泊な味わいながら、素材のうまみが引き出され、こくのある料理が楽しめる。

明治時代の豪商、横山家の大きな店構えと当時のままの見せの内部(右)

明治時代の豪商、横山家の大きな店構えと当時のままの見せの内部(右)

 巴波川を少し上った岸辺に豪壮な構えのお店が見える。ここが明治時代の豪商横山家のかつてのお店で、現在は栃木市が管理する横山郷土館として一般に開放している。
 横山家は麻の繊維の販売を舟運で行い、その一方で栃木共立銀行を設立し、金融業も営んでいた。そこで店の構えも正面は麻の問屋として間口を広くとり、奥に帳場を設けるなど大店の造りになっており、左には銀行の入り口を別に設け、高い位置にカウンターをつけた造りになっている。銀行は明治32年から昭和13年まで営業しており、大きな2つの金庫など当時のままが残されている。ユニークなのは切妻造りのお店の左右に石造りの蔵が建てられていることだ。右が麻蔵で左が文庫蔵である。商家としては日本でもここだけに残る両袖切妻造りの様式がこの栃木の町に残されている。建物の奥には枝ぶりも見事な松を中心とした庭園が広がり、大正時代の洋館も立ち、お店の建物と共に国の登録有形文化財に認定されている。
 横山郷土館の少し先には大正10年に建てられた旧栃木町役場のおしゃれな洋風の木造庁舎が今も健在。ここは明治時代に一時、栃木県庁舎が建てられていた跡地で、横山家といい、旧町役場といい、栃木のまちの繁栄ぶりを語っているようだ。

栃木市出身の文豪、山本有三の作品名を冠した銘菓「路傍の石」

栃木市出身の文豪、山本有三の作品名を冠した銘菓「路傍の石」

 お土産に栃木市が生んだ文豪、山本有三の名作「路傍の石」にちなんだ和菓子でその名もずばり、“路傍の石”がある。巴波川にかかる幸来橋に近い、明治25年創業の和菓子の山本総本店の先代社長山本吾市氏が山本氏健在の折に小説の題名を使用する許可を得て制作した銘菓で、栃木特産の大麦を焙煎した麦こがしを使い表面は粗野な石を思わせるが、割ってみると中はこしあんがたっぷり入っており、しつかりとした甘みが特徴。小説の主人公、吾一を思わせるような味わい深さが印象的なお菓子だ。2個入りパック150円。

問い合わせ:栃木市観光協会
      ℡0282-25-2356
交通:東武鉄道またはJR栃木駅下車。
   車は東北道栃木IC利用


Viewing all articles
Browse latest Browse all 5425

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>