先週、白血病など血液のがん治療に使う「キムリア」という薬についてのニュースがありました。なぜニュースになったのかというと、この薬は1回の投与で効果があるのはいいのですが、その1回分の価格が、およそ3349万円もする、高すぎる、とニュースになりました。
保険適用なので、高額療養費制度を使えば、一般的な年収の患者さんの負担は、40万円程度に安く抑えられますが、残りは国の負担なので、国の医療財政は圧迫されます。
実はこうした悩みは万国共通で、そのため海外では新しい薬の値段の決め方が始まっています。
そこで、5月20日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で、薬の価格をめぐる問題について取り上げました。
★キムリアの価格について
キムリアは従来の治療がきかなくなった白血病などの患者さんの新たな治療法です。体内の異物を認識して攻撃する「免疫細胞」を患者さんからとり出して、がん細胞に対する攻撃力を高める遺伝子操作を加えて再び患者さんの体に戻す治療薬です。治験では、1年後の生存率が、従来2割強だったのが、5〜8割に伸びたる効果が出ました。
これは非常に素晴らしいのですが、一方、あまり伝えられていないので指摘しておくと、キムリアは、6〜8割という高い割合で重い副作用も伴います。呼吸不全や意識障害などで、こうした側面があることも知っておいてください。
★問題は価格
キムリアの公定価格は1回の投与で3349万3407円です。この値段はどう決められるかというと、研究開発費や原材料費、労務費などの「製造原価」に、流通などの経費に営業利益を乗せて決められます。
ただ、問題はこの製造原価は、メーカーのほぼ言い値になっているということです。メーカーからは製造原価内訳の2割程度しか示されておらず、残りはブラックボックス。なぜこの価格になったのか、まずは納得感が得られる情報公開をすべきです。
一方で、政府は、高額になりがちな新薬の薬価を引き下げる仕組みづくりも進めてきています。製造原価の情報開示の割合に加えて、価格を上乗せする仕組み、つまり、情報開示をすればするほど、高く売っていいですよ、という仕組みです。
ただ、これもうまくいっているとは言えません。
今回、キムリアは、3349万円でしたが、製造原価の情報開示を100%行えば、今より1000万円も高い、4400万円くらいになったと指摘されています。キムリアの対象となる患者さんは年間200人程度と言われていますので、開発したノバルティスファーマとしては、単純計算で、年間20億円の損失になります。
それなのになぜ、情報開示しなかったのか?毎年20億円も損をしてまで何を隠そうとしているのか?それは企業秘密なのか?それとも、全部情報開示するとかえって安くなってしまうからなのか?変な憶測も飛び交いますので、やはりメーカーは情報開示を進める方がいいでしょう。
★難しい問題がある薬の適正価格
しかもこれからは、高い薬が増えて行く傾向にあります。例えばオプジーボなどは、最初は患者さんが少ない希少がんが対象だったため高額でしたが、その後、7つのがんに対象が拡大されたため、価格が4分の1に下がりました。薄利多売ではないですが、たくさん売れるなら、1つの値段は下げられるというわけです。
ところがこれからは、患者さん1人1人の遺伝子に合わせて薬が作られる時代です。キムリアはまさに個々の患者さんだけの対応ですが、こうなると薄利多売の多売ができないため、価格は高いまま、となってしまいます。
★今年度、国が始めた制度
そこで今年度から国が始めたのが「費用対効果評価」という制度です。大雑把に言えば、高くなりすぎないように、効果に合わせて、値段を決めよう、という制度。イギリスやフランス、オーストラリアなどでは、同様の制度があります。
具体的にはどういうものかというとその薬で、健康寿命が何年伸びるのかを評価した上で、その薬の価格をこの年数で割ります。つまり、健康寿命を1年のばすのにいくらかかる薬なのかを計算するわけです。これが、既存の薬と比べて、あまりにも高すぎる場合は、10〜15%、価格を下げよう、という仕組みとなっています。
またもう1つ、今後、議論になっていくと思われるのが「成功報酬型の価格」です。これは、大まかに言えば、薬を使って、効果があったら、患者や保険が全額支払います、逆に効果がなかったら、患者側はお金を払わず、メーカー側が負担、あるいは、一定程度、値引きします、という仕組みです。
これも欧米では、すでに始まっている制度で、キムリアも、アメリカでは成功報酬型です。アメリカでは製薬会社と保険会社がこうした契約を結び、医療現場で使う薬が増えています。
★日本での成功報酬型は?
この成功報酬型の制度、日本では武田薬品工業が、挑戦を始めます。具体的には、大腸や小腸に炎症が起きる難病「クローン病」。この合併症を治療する薬が第1弾になる見込みということです。イギリスなどでの販売を検討して、今年度中にも販売する見通しです。やはり、患者さんに薬を投与しても治療の効果が見られなかった場合、薬剤費のすべて、または一部を返金する仕組みを想定しているということです。
日本では政府の審議会などで成功報酬型が話題にあがったことがありますが、厚生労働省などでは議論されていないのが現状です。武田薬品工業の挑戦は日本の制度のあり方にも影響する可能性があります。
医薬品はグローバルになっている。価格の制度も海外並みに成功報酬型を導入していいのでは?
ただ、薬の価格が下がりすぎると、製薬会社の開発意欲が下がってしまう面もあります。加えて、患者さんが少ない難病の薬についての開発も、難しくなると思います。今年度から日本が始めた「費用対効果評価」の制度では、難病は除外するとしていますが、こうした配慮は必要でしょう。
医療費削減は待ったなしですが、一番の目標は、患者さんに適切な医療を届けること。そこを見失わずに、新しい仕組みを真剣に議論すべきです。そろそろそういう時期に来ていると思います。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫