肝臓がんは、死亡者数の多い怖いがんで、上から数えて5番目に死亡者が多いがんです。およそ4万1千人が新たに発症し、2万9千人が命を落としています。
しかし、この肝臓がんについては、最近、どんどん治療法が進化しています。さらに先月、治療が難しい中程度の進行がんで、生存期間を2倍近くに伸ばす治療法が発表。
そこで8月12日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で、この肝臓がんの新しい治療法を中心に取り上げました。
★2つの肝臓がんと新しい治療法
肝臓がんは、大きく分けて2つの種類があります。
1つは、肝臓の細胞にできる肝細胞がんで、もう1つは、肝臓の中を通る胆管にできる肝内胆管がん。
2つある肝臓がんですが、そのほとんどは「肝細胞がん」。
今回、注目するのは、こちらの肝細胞がんで、生存期間を2倍近くにする治療法というものです。
★どんな治療法なのか?
新しい肝細胞がんの治療法は、近畿大学の工藤正俊教授などの研究チームが先月発表しました。「治療が難しい、中程度の進行がん」を対象とする治療法で、わかりやすく言うと、「攻撃」と「兵糧攻め」の2段階作戦。よく戦で、食料の補給ルートを絶つことを「兵糧攻め」というが、まさにそれです。
治療の手順
- まず「攻撃」=「分子標的薬」を投入して、大型化・多発したがんを「攻撃」する。
分子標的薬というのは、この番組で何度か取り上げていますが、がんを増やし、転移させる特殊な物質だけを攻撃する薬で、一般の抗がん剤のように正常な細胞を攻撃することがないので、副作用も小さく、効率的この分子標的薬で攻撃して、がんを小さくします。 - この「攻撃」をした上で、「兵糧攻め」をして、がんを「餓死」させます。
肝臓がんというのは、その栄養を肝臓の動脈=肝動脈からのみ、受け取っています。そこで、その肝動脈に、カテーテルを入れて、スポンジのようなものを詰めてふさぐ。これによって、がん細胞を栄養不足にして、餓死させる、という作戦です。
★肝動脈をふさいでしまって大丈夫なのか?
肝臓の動脈をふさぐと聞くと怖いですが、問題はありません。肝臓のがん細胞は肝動脈だけから栄養を取っていますが、肝臓の正常な細胞は、もう1つの血管からも栄養を受け取っているので問題ないということです。
また、動脈をスポンジのようなものでふさぐ、というのですが、これは特殊なゼラチン製で、徐々に体に吸収されてしまうので、治療後、いつか消えます。効果があれば、それで終わり、効果がなければ、また治療できる、という仕組みです。
★治療の効果は?
「攻撃」と「兵糧攻め」の2段階治療の効果は、研究チームの発表では、この治療の対象となる「中程度の進行がん患者」について、これまでの治療での生存期間が、平均的に見て、20か月程度だったのが、この新しい治療を行ったところ、38か月程度と、ほぼ倍増したそうです。(中央値での比較)
平均的に見て倍の効果ですが、さらに完全にがんが消えたという人も出ています。臨床対象30人の臨床対象のうち、5人は完全にがんが消えたそうです。
★これまで治療がなかった?
この「中程度の進行がん」については有効なものがなかったんです。肝細胞がんは、進行の具合に合わせて、5段階に分けられ、それぞれ治療法が異なりますが・・・
- 1番軽いのは、「早期がん」で、転移がなく、「がん細胞が3センチ以下の物が3個以内」
- 2番目に軽いのは、「中程度の早期がん」で、転移がなく、「がんの大きさが3センチを超えている」あるいは「4個以上ある」
- 3番目が今回の、「中程度の進行がん」で、転移はないが、「がんが大型」「個数が多い」
- 4番目は、「進行がん」で、「転移がある」「血管や胆管にがんが入り込んでいる」
- 最後は、「末期がん」
これらのうち、1番目の「早期がん」は、手術で肝臓のがんがある部分を切除する治療や、お腹の上からラジオ波を当ててがんを焼く治療などがあります。
2番目の「中程度の早期がん」は、実は今回の「兵糧攻め」が効果的とされていました。
さらには4番目の「進行がん」では、今回も触れた「分子標的薬」の治療とされています。
しかし、谷間の3番目の「中程度の進行がん」については、いい治療法がなかったんです。2番目の中程度の早期がんと同じ治療をしていますが、それより進行しているため効果が弱く、再発から末期がんに進行するケースが相次いでいたんです。
今回、3段階の「中程度の進行がん」について発表された新しい治療法というのは、4段階に進行する前に先取りして、4段階で行う「分子標的薬」の攻撃を行い、2段階の段階まで後退させてから、2段階で行う「兵糧攻め」を行う。
★強い分子標的薬ではダメ?
この研究結果を見ると、だったら、最初から3段階でも4段階用の分子標的薬を使えばよかったのでは?と思いがちですが・・・
がんの治療は、数・大きさ・量・転移の有無できめ細やかに決まります。分子標的薬も使い方が決まっていて、増殖・転移を止める効果が期待される薬なので、これまでは、転移した進行がんである第4段階に限られていたんです。
それを、通常の使い方ではないものに使うとなると、副作用が心配だったり、命の危険があったりした場合、問題になります。通常の使い方ではないように使う、というのは、難しいものなんです。
ところが今回、研究チームが可能性を感じ、転移前の段階で試したところ、「がんを小さくする効果」があることがわかり、また副作用もなかった、これが大きかった。
★多くの人が待っている治療法
実は、今回注目した3段階目の「中程度の進行がん」は患者が一番多いそう。その意味でも、多くの患者さんの希望につながります。
まだ臨床の段階ではありますが、攻撃も兵糧攻めも、別の段階の治療では使われているものなので、適用は早いはずです。
最後に・・・治療が進化していると言っても、大切なのは、早期発見。先日発表された、肝臓がんの5年生存率では、ステージ1で治療すれば6割超、ステージ4だと4%未満。やはり早期発見が大切。血液検査や腹部超音波検査を。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫