がんの検査については、ここ数年、激しく動いています。こうした中、先週、また新しいニュースがありました。ステージ0という早期のがんを90%の確率で、発見できる。しかも安く、最終的には病院にもいかないで検査できる。こうした画期的な検査の臨床試験が始まったというニュースがありましたので、7月9日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で解説しました。
★線虫を使ったがん検査
今回新しく報じられたのは、線虫という小さな生物と、人間の尿を使う検査です。動き出したのは、日立製作所と九州大学の先生らが立ち上げたベンチャー企業 「HIROTSUバイオサイエンス」というところです。 線虫というのは、文字通り線=細い糸状の生物の総称で、海の深海から高い山の上まで 地球上のさまざまな場所に生息しています。今回のがん研究では、「Cエレガンス」という土の中に生息している 1ミリ程度の大きさの線虫を使います。
★線虫の特徴は?
特徴としては、すごく鼻がいいんです。犬よりも鼻が効くと言われていて、犬のおよそ1・5倍、人間のおよそ3倍のにおいを嗅ぎ分けることができます。また線虫は、においによって、好きなにおいと嫌いなにおいがあるんです。今回の検査で使う線虫は「Cエレガンス」という優雅な名前の線虫ですが、この「Cエレガンス」はがん細胞から出る物質のにおいが大好きなんです。そのため、健康な人と、がん患者の方がいた場合、がん患者の尿に集まり、がん患者の人と、健康な人の尿を嗅ぎ分けられるのです。しかもかなり正確で、これまでの実験ではおよそ95%の確率で、がんを発見できて、しかも腫瘍マーカーと呼ばれる血液を使った検査でも見落としがちなステージ0という早期がんもおよそ90%発見できるということなんです。
★検査費用は数千円!
安く検査できるんです。検査の基礎費用は1回数100円程度で、装置のコストや人件費を加えても検査は数千円に抑えられるのです。なぜこんなに安く出来るかというと、安さの秘密は、線虫の育てやすさにあります。「Cエレガンス」は成虫1匹が1度に100個~300個の卵を産み、しかも4日間で成虫になるため、飼育コストがほとんどかからないのです。腫瘍マーカーだと15000円くらいするので、検査費用の面からみても、患者さんの負担を減らせます。
さらに、もう1つすごいところとしては、将来的には、病院に行かずに郵送で検査が受けられるかもしれない、というところです。尿を嗅ぎ分けてがんかそうでないかを判断できるということもあって、自宅でとった尿を検査機関に送って、結果をスマートフォンのアプリで受け取れる、という仕組みを考えているそうです。
★課題は?
いくつかの課題があります。以前から指摘されたのは、分析に時間がかかる、というところです。これまでは顕微鏡を使って担当者が線虫の動きを1つずつ数えて、がん患者かどうかを判定していたため、1人あたり1日3件から5件が限界でした。このように、検査に時間がかかるのが課題だったんですが、今回、日立製作所が開発した装置により効率的になりました。
この装置は、光を当てながらカメラで撮影し、その画像を解析して、Cエレガンスの動きを自動で調べる仕組みで1日に100件以上の検査が可能になるということです。こうしたこともあって、分析に時間がかかるという課題は解決しました。
もう1つの課題は、どのがんかが分からない、という点です。Cエレガンスは、がんかがんではないか、ということは分かってもがんの種類を特定するところまではいけていないということなんです。九州大学の研究チームによると、がんは種類によっても微妙ににおいが違うそうなんです。そのため、将来的にはそれぞれのにおいに引き付けられる線虫を使い分けてがんの種類を見分けるようにしていきたいと考えているそうなんです。
実は、線虫は遺伝子組み換えが簡単にできるということで、胃がんのにおいが好きなもの、すい臓がんのにおいが好きなものなどを開発すれば、将来的には出来るようになるかもしれませんね。この線虫を使った検査は、(がんがあるかないかを見分けるレベルでは)2年後の2020年の実用化を目指して研究するということです。
★スクリーニングとして有用
現在のところは、がんの種類については、特定できないのですが、まずは、一時的なスクリーニングとしての検査、として有用だと思います。この開発しているベンチャー企業も、簡易的な一次検査として位置づけて引っかかったらややお金のかかる二次検査に進むという流れをイメージしているようです。
この場合、いろんな検査がありますが、今注目されているのが以前、番組でも触れましたが、「1滴の血液で13種類のがんが発見できる」という検査です。この検査は、血液検査で、血液の中にある「マイクロRNA」という物質を調べる検査です。「マイクロRNA」は胃がんなら胃がんに関連する「マイクロRNA」が増え、すい臓がんならすい臓がんに関する「マイクロRNA」が増えるため、高い確率で早期にがんが特定できます。その確率はステージ0でも98%!
ただ、この「マイクロRNA」の検査は1回数万円もするんです。ですのでまずはがんの有無をやすい数千円の線虫による尿検査にして、必要な人だけ、高いお金で高度な検査を行うということになっていくのではないでしょうか。
★約5割の人が、がん検査を2年以上受けていない
実は内閣府の調査では、およそ5割の人が、がん検査を2年以上受けていないそうです。その理由は受ける時間がない、検査が苦痛、という人が多いようです。それに比べて、この線虫の検査は、自宅で尿を摂って、郵送検査というところを目指しています。医者に行く必要もないし、痛くもない、また費用が安いということろもメリットです。がん検査の受診率が上がるといいですね。。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫