大腸がんは、男女ともに年々増加していて、日本で一番多いがんとなっています。その大腸がんについては、薬物治療がどんどん進化しています。
中でも最近注目なのが、進行性のがんで、「大腸の右側にできたか、左側にできたか」によって、がんの種類が違うこと、そしてそれによって、治療薬も変えて、治療する必要がある、ということです。大腸の右か左かに合わせ、適切な薬物治療を行うことによって、予後も改善されます。
この分野に詳しい、聖マリアンナ医科大学の砂川優准教授に取材し、3月11日(月)、松井宏夫の「日本全国8時です」(TBSラジオ、月曜あさ8時~)で、「大腸がんの新常識」について解説しました。
★大腸がん治療の3段階
まず、大腸がんが発見された場合、どんな治療になっていくのか。
大腸がんの治療は大きく3段階に分かれています。
まず、1段階目=早期であれば、身体の表面を傷つけることのない「内視鏡治療」が行われます。おしりから内視鏡を入れて、大腸の内側を切るだけなので、体へのダメージが最も少ないです。
ただ、内視鏡治療の範囲を超えた大きさのがんとなると、2段階目の治療法で=腹部に4か所程度の刺し傷のみで行う「腹腔鏡手術」、もしくは「開腹手術」を行います。
さらに発見が遅れ、切除ができないくらいの進行がんとなってしまった場合は、3段階目の治療で、抗がん剤等を使う薬物療法となります。薬物でがんを小さくしていく、そして小さくして手術の可能性も探るわけです。
この薬物治療が進化しているんです。というのも、今年の1月に、日本の大腸がんの治療のガイドラインが改訂となりました。そして、がんが大腸の右なのか左なのか、その違いで使う薬を決めることになりました。
★そもそも大腸は左右で違う
そもそも、大腸というのは、右側と左側では大きな違いがあるようです。
大腸は、右の足の付け根あたりの盲腸の付近から、時計回りにぐるっと回り、左側を通って、おしりまでつながっています。その左側を縦に下りておしりにつながる方が「左側」、盲腸から右側を上に上がって、右から左へと横断するところまでが「右側」となります。
左右合わせて「大腸」と呼んでいますが、実は臓器の発生の過程が違うので、生物学的には、粘膜の構造や、流れ込む血液の系統などで、違いがあるそうなんです。別の臓器のような所もあるわけです。
★左右で違う大腸がんの種類
そのため、右にできるがんと、左にできるがんも、種類が違ってきます。最近の指摘では、右側の大腸がんは、腸内の細菌や、炎症により発生するものが多く、そうした炎症などにさらされることで遺伝子が突然変異を起こしがん化していく、そういうケースが多いのではないか、と言われています。
この結果、右のがんの方が、左に比べ、遺伝子変異が多く、また治療も困難とされます。実際、進行がんの右と左では、左の方が生存期間もおよそ3倍長く、治療効果もあるようです。
★左の大腸がん治療①ラス遺伝子正常の場合
まず、大腸の左にできたがんの場合。
最初に、遺伝子検査を行い、ラスという特殊な遺伝子に傷がないかどうかを調べます。そして傷が付いていないとなると分子標的薬「シグナル阻害薬」を中心とした治療となります。
分子標的薬というのは抗がん剤のように直接がんを叩くのではなく、がんが増える要因に標的を定めて潰していく薬です。
その中の、シグナル阻害薬がどんな薬かというと、がんは、がん細胞をどんどん増やすために、特殊な信号=シグナルを発信します。このシグナルを邪魔することで、がんの増殖を抑える、という薬です。シグナル阻害薬の名称は「セツキシマブ」と「パニツムマブ」の2つです。
このシグナル阻害薬はいい薬ですが、残念ながら、先ほどの特殊な遺伝子、ラス遺伝子に傷があると、効果が出ないとされています。そのため、最初の遺伝子検査で、傷がない場合だけに限られます。
★左の大腸がん治療②ラス遺伝子異常の場合
ラス遺伝子に傷があった場合は、やはり分子標的薬の「血管新生阻害薬」という薬物が中心になります。これはどういう薬かというと、文字通り、血管が新たに生まれるのを邪魔する薬です。
がんは、がん細胞を増やす際、シグナルで命令を出してがんを増やしていきますが、実際に増殖する場合、色々な栄養を補給する必要があり、そのための新しい血管を作るんです。そこで、遺伝子に傷があり、シグナルが止められない場合、新しい血管が作られるのを邪魔する、血管新生阻害薬で、がんが増えるのを抑えます。この血管新生阻害薬の名称は「ベバシズマブ」というものになります。
★右の大腸がん治療
大腸の右側にできてしまった進行がんについては、遺伝子が傷ついている事も多く、また悪質である事もあり、最初から「血管新生阻害薬」です。
また、進行がんの薬物療法は、こうした分子標的薬に加え、抗がん剤などを合わせて治療します。左側のがんの場合は、全部で3つの薬を併用しますが、手ごわい右側のがんの場合は、4つの薬を併用することが推奨されています。
★左右で治療を変える意義
この「シグナル阻害薬」と「血管新生阻害薬」を左右の大腸がんに使って調べた検査があります。結果は、左は「シグナル阻害薬」、右は「血管新生阻害薬」の方が、効果が高かったんです。
がん治療は最初の薬をどうするか、初動が大切ですので、やはり、この左と右での使い分け、というのが重要になっています。
なお、こうした薬物治療は入院ではなく通院で治療できます。そして治療を重ねて、がんが小さくなると、手術が可能になることもあるので重要です。
★一番は早期発見
ただ、進化しているのはいいですが、薬物治療は手術できない状態でのものです。一番は、早期発見で、できれば内視鏡で簡単に手術できるのがいいです。そのためには、やはり、大腸がんの検査をもっと広めていく必要があります。大腸がん検診を毎年受けていれば、大腸がんのほぼ90%は発見できるとされています。
しかし、2016年の大腸がん検診の受診率をみると、人間ドックなどを含めても、男性が44・5%、女性が38・5%と、どちらも5割に達していない状況なんです。早期発見のためには、積極的に大腸がん検診を受けた方がいいと思います。
★大腸がん検診も新化
大腸がんの検診には大腸内視鏡検査などに加え、最近新しい検査方法も出てきています。1つは、CTから三次元の画像を作成して大腸がんを調べるCTコロノグラフィー検査。画像診断なので、患者さんの負担も少ないです。
もう1つは、カプセル内視鏡検査といって、カプセル型の小さな内視鏡を飲み込んで、大腸の様子を撮影するというもので、こちらも体の負担が少ないです。
生涯のうちに大腸がんを発症する確率は、男性で11人に1人、女性は14人に1人です。大腸がんで亡くなる人は、2015年には1年間でおよそ5万人で、がんの死亡者数では、男性が3位、女性は1位となっています。ひとごとだと思わずに検査を受けてください。

解説:医学ジャーナリスト松井宏夫